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代表プロフィール

代表者 佐藤 健太郎のプロフィール

佐藤 健太郎(さとう けんたろう)/司法書士

昭和50年8月生まれ 血液型O型

静岡県沼津市出身

 

■ 学歴

静岡県立沼津東高校 平成6年卒業

法政大学経営学部  平成10年卒業

 

■ 職歴

旭化成ホームズ株式会社(ヘーベルハウスの営業マン)、

大手司法書士法人、大手弁護士法人勤務を経て、

平成19年5月、

アミーズ横浜司法書士事務所(現、司法書士法人アミーズ横浜事務所)開設

平成22年2月、株式会社プラトン設立。

平成22年9月、相続手続支援センター横浜駅前の本格展開開始

平成22年10月、11月、カエサル合同会社、ソクラテス合同会社を設立

神奈川県司法書士会所属

登録番号:神奈川1309 認定番号601082

法テラス・日本司法支援センター登録司法書士

このたびは、当グループのウェブサイトをご覧くださり、ありがとうございます。

私たち司法書士法人アミーズ横浜事務所、および相続手続支援センター横浜駅前(株式会社プラトン)は、

相談者のみなさま、依頼者のみなさまに対して、

安心できる法律関連のトータルサポートサービスをご提供します。

ここでいう安心とは、単なる事務的な手続きのことではありません。

依頼者さまのご事情を踏まえた上で、サポートさせていただくことです。

たとえば、相続サポートなら、これまでご家族が築き上げてきたものを、

亡くなった方にきちんと顔向けできる形で受け継げるよう、

約90種類もあるといわれている複雑な相続手続を、

それぞれの分野のプロの立場から、とどこおりなくサポートさせていただくことです。

受け継いだものを次世代にきちんと残すこと。

それもまた、生きているものの役目だと考えます。

代表者の想い

■ 幼少期のきっかけ

私が司法書士となり、開業当初、債務整理(任意整理など借金の整理)

に特化して手続きをしようと決めたのにはわけがあります。

さかのぼれば、小・中学校時代の生活が大きく影響しているといえるでしょう。

小さかった頃は比較的、経済的には恵まれた家庭に育ちました。

毎週末に外食をし、おしゃれな子供服を着て、

おもちゃ・ゲームをたくさん買ってもらい、

飽きるほどいろいろな遊園地に連れていってもらいました。

私の生活が大きく変わったのは、10歳のときです。

父の勤めていた住宅会社が倒産し、

突然収入が途絶えてしまったのです。

父の車は買って間もない新車の高級車から、

廃車寸前のワンボックスカーへ変わり、毎週末の外食もなくなって、

毎日の食事も質素なものになりました。

母が、離婚話を父に切り出し、家族が以前に増して不仲になったのもこの頃でした。

「お金が家族の、生活の、すべてを変えてしまうんだ」と実感しました。

父は不動産会社を興しましたが、軌道に乗るまでは本当に貧乏でした。

その後、父の会社が軌道に乗り、バブル景気も手伝って、

私は大学卒業まで安定した生活を送ることができました。

しかし、この幼少期に経験した「お金のある・なしで変わってしまう生活」は、

心の中にずっと残り、司法書士としてのスタートを切る際の仕事を選ぶ一つのきっかけになったと思います。

大手住宅メーカー勤務〜司法書士を目指すまで

大学卒業後は大手住宅メーカーに就職、

営業マンとしてがむしゃらに働きそれなりの成績を収めました。

収入は年々増えていきましたが、

それと同時に仕事への疑問が膨らみ、

また法律知識の大切さを自覚するようになりました。

そんなとき、私にとって大きな人生の転機が訪れたのです。

両親が離婚し、母が静岡県沼津市内の古い公営住宅で一人暮らしを始めたのです。

生活のため、

母はスーパーのレジで働き始めました。

「苦労ばかりしてきた母を援助してあげたい。楽な生活をさせてあげたい」

そう思った私は会社を辞め、

実家のある静岡へ帰る決心をしました。

そして、

生計を立てるために司法書士の資格取得を目指すことにしました。

当時は、使命感もそれほどなく、司法書士として何をしたいかなど、

考えていませんでした。

ただ、なんとしても母のそばにいて、母を支えたい。

その一心でした。

挫折、母の他界を経験して見つめ直した人生

司法書士資格取得に向けて勉強する毎日が続きました。

同年代の友人がバリバリ働く中で、無職、無収入の自分。

先の見えない不安とストレス、

資格試験合格へのプレッシャー・・・

いろいろな気持ちが入り混じり、

いつのまにかうつ病になっていました。

一度目の試験は不合格。

自信を失い、

学生に混じってデニーズでアルバイトをする生活がはじまりました。

しかし、

これでは勉強も思うようにできません。

目標を見失いかけたとき、

またもや母が支えてくれました。

 

結局、それまで以上に母の援助を受けながら勉強に専念しました。

母の死

そんなときです。母が胃がんの告知を受けたのは。

開腹手術をしたところ、末期がんで「余命2年」と宣告されました。

母には余命を告知しないまま毎日を過ごしました。

このころは、本当に生きている心地がしませんでした。

二度目の筆記試験の結果は合格。

そのころ再入院中の母の容態は決して思わしくなく、

日に日に担当医から宣告される余命が短くなっていきました。

母は最期まで、生きる気力に満ち溢れていました。

けれど、私の願いもむなしく55歳の若さで亡くなりました。

手術してからたったの3ヵ月半後、司法書士試験の口述試験当日が、母の通夜でした。

相続手続に直面

長男の私は当時30歳、母の死後、そのすべての手続を行うことになりました。

司法書士資格試験筆記試験合格直後でしたから、

実際の相続手続業務については、まだ何も行ったことがありませんでした。

誰に何を頼めばいいのか、そもそも誰かに頼み、何かを行う必要があるのか、

すべてさっぱりわからない状態です。

母には財産といえるようなものはなく、

残されたものはそう多くない銀行預金と7年間も乗っていた車だけ。

少なくとも相続税の支払いを気にする必要はなさそうでしたが、

亡くなる直前まで住んでいた公営住宅の解約、ガス、電気、水道などの取りやめ、

車の廃車手続、銀行での預金の受け取り、年金や保険の解約、免許の取り消しなど、

それだけの財産とはいえ、やるべきことは次から次へと出てきました。

何よりつらかったのは、関係各所に出向き、窓口の担当者に事情を説明するたびに、

母が亡くなったという現実を突きつけられ、その現実を受け止めなければならなかったことです。

自分でできるのかという不安、プレッシャー、あせり、

それこそ複雑な想いを引きずりながら、結局、すべての手続を自分ひとりで行いました。

つらく、悲しい時期でした。

司法書士事務所開設

母の死をきっかけに、

私は人生について深く考えるようになりました。

「どう豊かに暮らすか」

「後悔せずに生きていくにはどうすればいいか」

「時間ほど貴重なものはない」

そう思ったとき、

司法書士として自分が目指す道が、本当にはっきりと見えてきました。

お金で苦しんでいらっしゃる方、相続に直面され、途方に暮れていらっしゃる方、

のお手伝いをしたい、具体的にそう考えるようになったのです。

母の死後、私は、

「一度しかない大切な人生を豊かなものにするために、

相談者の人生の中に、

新たな時間を生み出せるような仕事をしたい」

と思うようになりました。

司法書士の資格を取ってからは、

債務整理を数多く行う都内大手事務所に勤務し、

そこで500件以上の債務整理の相談を担当。

日々の業務を通して、債務整理についての理解を深めていきました。

私には相談者の気持ちを理解したいと思っています。

生活や家族が抱える苦しみについても同様です。

借金に苦しんでいる人は、債務整理することに罪悪感を持っています。

借りているものを返さないのは悪いことで、

自分自身をまるで「人間失格」だと思ってしまう傾向にあるのです。

けれど、私は、

この間違った考えは

債務整理について正しく知らないから生まれているものだと思っています。

私は、債務整理を受けることであなたが得られる権利を伝えていきたい。

そして、

人生に再チャレンジしていただきたいと思っているのです。

そして、平成19年5月18日。

司法書士としてのたくさんの願いを込めて、

「アミーズ横浜司法書士事務所」(現、司法書士法人アミーズ横浜事務所)を立ち上げましたのです。

相続手続支援センター横浜駅前の開設

債務整理、相続の支援を中心に約3年司法書士として活動する中で、

相続の手続を支援するには、司法書士事務所の枠を超える必要がある、と感じるようになりました。

そして、

平成22年9月相続手続支援センター横浜駅前を開設し、不動産の名義変更だけにとどまらない、

相続にまつわるすべての手続を支援する体制を整えることにしました。

母を亡くした当時を振り返ると、今でもよく思います。

聞く人もいない、頼れる人もいなかった自分でしたが、

ほんのちょっとだけでもアドバイスしてくれ、相談にのってくれるところがあれば、

もっと穏やかな気持ちで手続を終えることができたかもしれないと。

その気持ちが、今回のこの相続事業を行う「根っこ」になっているのだと思います。

家系図の作成

またもうひとつ、相続事業を行う根っこになっていると思うことがあります。

先日、専門家に依頼し、家系図を作成しました。

なぜ家系図を作成したかというと、自分のルーツを知りたかったからです。

国民性とはよく言われることですが、もっと範囲を縮めて、

たとえば県民性、地域性、さらにいえばその家ごとに、

代々受け継がれてきた価値観、文化、教え、家訓のようなものがあると思います。

自分が生まれ育った家のルーツを知ると、

「自分は何を受け継いでいるのか」というヒントが得られます。

自分がご先祖様から受け継いできたものはどのようなものか、

自分という人間を形成している歴史を知りたいと思いました。

その結果、1600年代までさかのぼり、

現在の山口県にそのルーツであろうとされるご先祖様を見出すことができました。

これは本当にすごいことだと思いました。

今の自分が生きているのは、ご先祖様がその時代を生き抜き、子を残し、

その子が生き抜き、そして子を残し、それを何代も何代も繰り返してきてくれたおかげです。

記録にはなくても、何千年、何万年前のご先祖様だって、いたにちがいないのです。

今回の事業についていえば、相談者/依頼者のご家族(=亡くなった方)は、

そのご先祖様方の歴史を受け継ぎ、今の時代をまっとうした方です。

相続とは、その人から、生きているその人の親族がそれを引き継ぐことをいいます。

亡くなった方、先代、配偶者、兄弟・姉妹の供養のためにも、

単なる事務手続きとしてではなく、想いを込めて行いたいと思います。

いたらない点、行き届かないところもあるかもしれませんが、

どうか温かくご支援・ご指導いただけましたら、幸いに存じます。

お力になれるよう、精一杯、努力いたします。


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